大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)98号 判決 1967年9月26日

原告 東京製鋼株式会社

被告 大日製鋼株式会社

主文

特許庁が、昭和三十八年六月八日、同庁昭和三二年審判第四九七号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は棄却する。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告がその地位を承継した東洋製綱株式会社(のちに昭和三十九年十月一日、原告会社に吸収合併)は、特許第二三三、六四七号「組合せ式圧搾用顎金具によつて圧搾せられる一個の締付金具によりワイヤロープを結合する方法」の特許権の権利者であるところ、被告は、昭和三十二年十月一日、右特許無効の審判を請求(昭和三二年審判第四九七号事件)したが、昭和三十八年六月八日、右特許を無効とする旨の審決があり、その謄本は、同年七月六日前記東洋製綱株式会社に送達された。

二  本件特許発明の要旨

横断面形状が楕円状に形成せられ、しかも、長手軸線方向に伸張する同様に楕円形の腔部を備え、その腔部には二本のワイヤロープを並べて挿入しうる余地があるようにして厚肉の金属製套管体を、その套管体材料に著しい変形をさせながら上記二本の並置されたワイヤロープ部分の周りより強く圧搾して円形横断面形状に変形させるようにしたことを特徴とし、組合せ式圧搾用顎金具によつて圧搾せられる一個の締付金具によりワイヤロープを結合する方法。

三  審決理由の要点

本件審決は、本件特許発明の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、その原本が本件特許発明の出願前、国内において頒布されたものであること特許庁に顕著なアメリカ特許第一、三六八、四八〇号明細書及び図面(甲第四号証。審判手続における甲第三号証)(以下、引用例という。)には、ワイヤロープを無端ベルトにケーブルを通してこれを上下よりダイプレスによつて圧搾結合することが図面とともに示されている、と認定し、両者を対比して、(1)ワイヤロープを二本通すことのできる楕円形状横断面をもつ金属性套管体をもつこと、(2)套管体材料に著しい変形を与えて強く圧搾して結合すること、(3)その圧搾には上下二個よりなる圧搾用金具を用いることの三点において、両者の手段と手法とは全く同一であるが、本件特許発明における(1)套管体が厚肉であること及び(2)圧搾後円形横断面形状とすること、については、引用例には明記されていない。しかして、套管体が厚肉であるか薄肉であるかについては、本件特許明細書記載の程度では、単なる「程度の差」であり、また、変形後の円形横断面形状についても単に圧搾金具の製作上の便宜程度のものであり、いずれも発明としての特異性を示すものとは認められず、本件特許発明は、明細書記載の限りにおいては、引用例に比し、作用効果の上において相当の差異があるとしても、それは、単なる設計と材料の相違によるものと認められ、結局、本件特許発明は、引用例のワイヤロープの結合方法と同一の構想と認められるから、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第四条第二号に該当し、その特許は、同法第一条の規定に違反して与えられたものというべく、同法第五十七条第一項第一号の規定により、無効とすべきものである、としている。

(なお、引用例であるアメリカ特許の明細書及び図面は、少くとも大正十年七月十五日には特許局陳列館に受け入れられていたものである。)

四  本件審決を取り消すべき事由

本件特許発明と引用例との間には、構成上の確然たる差異が存在し、作用効果においても格段の優劣があるのであるから、本件特許発明をもつて、引用例と同一構想と認定した本件審決は明らかに違法であり、取り消されるべきものである。本件審決が、厚肉、薄肉は単なる程度の差であるとして、本質的に区別しうる材料の差であることを看過し、著しく変形することも密接な関連のある断面円形にすることをも単なる製作の便宜程度と軽く一蹴し、著しい変形を与えることは同一の手段手法と認めて引用例の製作観念に全然ない新たな構想を否定し、また、作用効果上の差異は、単なる設計と材料によるものと認めたのは、両者の内容を十分吟味理解しないままの判断であり、誤りであることは明らかである。

以下、これを詳説する。

(一)  圧搾後円形横断面形状になる点について

圧搾後のワイヤロープの形状は、引用例においては円形のまま残るに対し本件特許発明では半円形となる点において、両者は明瞭に区別され、同時に、引張に対する結合部の保持力に重大な相違があらわれることは当然である。すなわち引用例は、圧搾してバンドが円形とならないというだけでなく、バンドの概形をこわさず、かつ、ケーブル断面の最初の径を実質的に全く変化させないような著しく変化しない結合方法であり、本件特許発明は、套管体材料を著しく変化させながら、強く圧搾して円形横断面にまでする結合方法であるから、両者は根本的に構想を異にし、これにより作用効果も顕著に相違し、単に程度の差、設計、材料の相違による差とはなしえないものである。本件特許発明の結合方法によるワイヤロープの結合部の強さは、たとえロープが切断しても套管内結合部のロープが抜け出ないことを保証する唯一の新しい結合法であり、そのために後述の厚肉の套管体を必要とし、それだけの大きい圧搾力を必須の条件とするものであり、従来の種々ある結合法を遙かに凌駕するものである。このことは、「ドラート」誌上で、ミユンヘン工業大学のハインツ・リーロー氏が研究論文(甲第六号証)中で、本件特許発明にかかる「タルリツト」の優秀性と新規性を述べていることおよび労働省産業安全研究所の証明書(甲第七号証)の記載などに徴して明らかである。また、引用例のように緊締されたケーブルが円形のまま二個あるか、本件特許発明のように半円形のもの二個で円形を形成するかは、荷重のかかり方に影響するところが大きく、前者では套管体を開く方向に分力を生じ、重量物の吊上げに危険を伴うが、後者にはその恐れがないことも重要な作用効果である。引用例のものは結束金具にはそれを開くような力が与えられるが、本件特許発明のものは力の作用線が合体された二本のワイヤーの中央を通るため、右のような欠点がないのである。

(二)  厚肉、薄肉の差異について

本件審決の認定によれば、引用例と本件特許発明との套管体は程度の差の厚薄があるにすぎないとされているが、本件特許発明のものは、加えられる圧搾力の大小、方向、変形後の形に影響するもので、引用例におけるバンドとは異り、厚肉を要件とするものである。引用例においては、ロープ本件を掩う外被管にすぎないが、本件特許発明のものはロープ本体と一体となり、それ自身本体になる点でも明らかな差異がある。引用例のものが薄肉を用いているに対し本件特許発明のものは厚肉の套管体を用いており、その点より種々の差異を生ずること前述のとおりであるが、両者は、使用材料に顕著な区別が厳存しており、比較的厚いとか薄いとかいう「程度の差」ではなく、座屈する材料か否かの、明らかに区別できる材料上の差異があり、これに伴い前記作用効果上の顕著な差異が生ずるのである。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告主張の違法の点はない。

原告は、引用例の方法は、圧搾後もバンドは楕円形を、ケーブルは円形をと、最初の形をそのまま維持するものであると主張するが、これは、引用例が二本のケーブルを固く結合することを目的とする方法であるという根本的の要素を全く無視したものであり、引用例が金属套管を使用し、これを圧搾して二本のケーブルを固結することが目的である以上、その目的を達するために最も効果的な方法を採ることは、技術上当然のことに属し、バンド及びケーブルに最初の形をそのまま維持させ、圧搾後両者間に隙間を残存させるような、本来のケーブル固結の目的に対して不利な技術的手段を採用するようなことは常識的に考えられないことである。また、原告は、本件特許発明は、套管材料に著しい変形をさせながら圧搾して円形断面形状に変形させる点を強調するが、引用例も套管は圧搾により著しい変形をさせられることがそのケーブル固結の目的から当然認められ、圧搾後の横断面形状を楕円形とするか、円形とするか、あるいは、多角形とするかのようなことは、発明構成の要素となりうるものではない。引用例においても、楕円形套管金属の流れを起すほどの圧力をもつて、その長軸方向に圧搾するものである以上、ケーブルが互いに押し合わされて変形し、二本のケーブル間及びケーブルのストランド間隙にまで套管金属の流れが進入することは容易に考えうるところであり、要は、套管材料の材質及び圧搾する圧力の設計により技術的に達せられる事項にすぎない。さらに原告は、引用例において薄肉を用いていると主張するが、引用例が厚肉の套管を使用することができない方法であると断ずべき理由も存在しないのであるから、その方法を実施する場合、厚肉、薄肉いずれをも使用することができるものとみるのが相当である。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決が、本件特許発明と引用例とはその構想を同じくするものである旨認定したことは、前記のとおり、当事者間に争いのないところであるが、本件審決は、その点において判断を誤つた違法があるものといわざるをえない。すなわち、本件審決は、本件特許発明の要旨及び引用例(それが本件特許出願前特許局陳列館に受け入れられたことは当事者間に争いがない。)を前掲のとおり認定したうえ、両者を対比して、本件特許発明は、(1)套管体が厚肉である点及び(2)圧搾後、円形横断面形状とする点において、引用例と相違するが、(1)の套管体が厚肉であるか薄肉であるかは、本件特許発明の場合、単なる「程度の差」であり、(2)の点も単に圧搾金具の製作上の便宜程度のものであり、いずれも発明としてこの特異性を示すものとは認めがたく、その作用効果も単なる設計と材料の相違によるものであり、引用例のそれと比して別異のものとは認められない、としていることは、前掲当事者間に争いのない本件審決理由の要点に徴し明らかである。しかしながら、前掲当事者間に争いのない本件特許発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)に成立に争いのない甲第四号証(引用例)を参酌して考量すると、本件特許発明においては、引用例に相違する前記(1)及び(2)の要件が、套管体材料に著しい変形を与えて強く圧搾して結合することと相まち、ワイヤロープの応当部分は互いに他に対して強く圧着され、また、套管材料は流動性状態となり、したがつて、その材料はワイヤロープ接触間隙内及びロープ素線の接触間隙内へも進入し、そのため、結合用套管の著しい冷間変形加工により、套管構成材料が耐蝕性を帯びるとともに著しい強度の増加を来たすので、ロープ端部は大なる附着力をもつて締付套管に粘着し、大なる引張り応力に耐えることができる等の効果をあげうるものであり、このような従来公知の薄肉の套管を使用する結合法の欠点を消除する本件特許発明の効果は、前記(1)の套管体が厚肉であること及び(2)の圧搾後円形横断面形状とすることとを二つながら前提として初めてこれを期待しうるものであることを認めうべく、これを左右するに足る証拠はない。したがつて、本件審決が、右(1)及び(2)の要件の関連性を看過して、これを各個独立に採り上げ、前者については套管体が厚肉か薄肉かは「程度の差」である、とし(その表現が技術的判断として、はなはだしく、あいまいであることは、あえて指摘するまでもあるまい。)、後者については圧搾金具製作上の便宜にすぎないとしたのは、その引用例と比較して作用効果上の差異があるとしても、それは単なる設計、材料の相違によるものである、としたこととともに、本件特許発明の要件及び効果についての技術的認定判断を誤り、ひいて、これをもつて引用例と構想を同じくするとの誤認を招くに至つたものといわざるをえない。

(なお、被告訴訟代理人は、この点につき、引用例においても、套管体を厚肉とすることもできるものと解すべく、また、圧搾後の横断面形状を、楕円形とするか、円形とするか、あるいは、多角形とするかは発明構成の要素となりうるものでない旨主張するが、このような主張は、本件審決理由と関係のない議論であり、したがつて、本件審決理由の正当性を支持するに足るものではないから、ここでは当を得たものでないことについて、さらに説明を加えることを省略する。)

(むすび)

三 以上説示したとおりであるから、本件審決につきその主張のような違法があることを理由にその取消を求める原告の本訴請求は、結局、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 影山勇 荒木秀一)

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